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2012年9月 5日 (水)

尾竹紅吉

Photo_2    尾竹紅吉(おたけこうきち、1893-1966)。本来はべによしと読む。本名は尾竹一枝。女流画家。婦人運動家。明治26年、富山市越前町で生まれる。日本画家・尾竹越堂(1868-1931)の長女。本郷菊坂の女子美術学校中退。明治45年1月、青鞜社に入社。「五色の酒事件」「吉原登楼事件」などの騒動を引き起すも、平塚らいてうの寵愛を受け、「青鞜」の表紙を担当する。やがて、平塚に奥村博史という恋人ができると、尾竹と平塚の仲は破綻する。失意の中、青鞜社を退社し、大正3年3月、神近市子、小林哥津らと雑誌「番紅花」(さふらん)を発行する。その雑誌の装丁を富本憲吉(1886-1963)に依頼するうちに、ふたりは恋仲となり、大正3年10月、結婚する。昭和2年、奈良から千歳村(現・世田谷区上祖師谷)に移り、新居と窯を築く。富本一枝という筆名で「解放」「婦人公論」「婦人文芸」「女人芸術」などに評論、随筆を発表。戦後、一枝は憲吉と別れ、大谷藤子の協力で山の木書房を創立し、壺井栄の「柿の木のある家」などを出版する。由起しげ子の執筆を後押しするなど多彩な活動をみせた。のち「暮らしの手帖」に童話を連載した。(参考:渡邊澄子「青鞜の女・尾竹紅吉伝」)

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女性」カテゴリの記事

コメント

平塚らいちょう→尾竹紅吉→神近市子→長谷川時雨→丸岡秀子→岡部伊都子 女性作家たちの系譜が理解できました。ありがとうございます。
それにしても戦後の主婦連の大活躍が終焉して、
「主婦が変わらなければ、日本は変わらない」と言ったひとすじの道は、今どうなっているのでしょうね。

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