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2012年9月 3日 (月)

清水幾太郎功罪論

Photo_6 清水幾太郎(1907-1988)は、60年安保闘争の指導者として活躍し、その後、防衛力の増強を主張するなど思想的立場を急速に転換した戦後知識人しとて知られる。評論家の大宅壮一が「平和論の神様」と評した人物が、後年「天皇論」で天皇を擁護し、「戦後の教育について」で教育勅語を再評価し、「わが人生の断片」では基地反対運動や安保闘争の内幕を語り、果ては「戦後を疑う」で治安維持法を弁護し、ついに「核の選択 日本よ国家たれ」(諸君 昭和55年7月号)で核武装の可能性を含む軍事力増強論を唱えるに至っている。もちろんケペルは肯定しているわけでも、支持しているわけでもないのだが、今日ですらタブーとされる問題を、昭和55年に論じていることにただ驚くばかりだ。清水の先見性は安保後の昭和40年代にすでに見えていた。まだ国内ではマルクス主義が知識人の間で有効性をたもっていた時代に「現代思想」(昭和41年)で19世紀思想の崩壊を予想しており、続く「倫理学ノート」(昭和47年)において「人間の幸福」という問題が科学の外部に排除されていることを指摘している。格差社会やニートという言葉はなかったが、これらの社会問題はすべて今日的な最も重要課題であろう。ただ清水の思想の急転回には、ケペルなどの凡人にはとてもついていけないところがあり、清水を転向者として軽蔑していた時期がある。しかし、死後20年近くたってくると、その膨大な著作である「清水幾太郎全集」全19巻を少しは読んでみようという気になりだした昨今である。清水の長所はすぐれた社会学者であり、ジャーナリストであるというこの二面性を備えた稀なライターだということである。昭和24年9月4日号の「週刊朝日」の「顔」というコラムで清水を次のように紹介している。

   清水幾太郎は批評のうまい人で、どんな問題についても人とはちょっと変わった角度から光線をあてて照らしてみせる。(中略)アイデアがいいと言ってもよいし、思いつきが器用だといってもよい。思想的にはプラグマティズム。学識もあるし、視野も広いし、才人でもあり才筆家でもある。専攻は社会学だが、哲学もわかる。物の見方にソツがなく、広く高く物を見る人なので、ジャーナリズムが放っておくわけがない。ジャーナリズムにはもってこいの便利な社会評論家である。高級総合雑誌の巻頭論文などにはウツテツケの筆者である。

    誰がこの記事を書いたかわからないが、すでにこの時から清水の本質を見抜いているように思える。

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