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2012年8月21日 (火)

モダンアートの模索 アンドレ・ドラン

Photo_3     マティスとドランは年齢はマティスが10歳ほど上であるが、同年に亡くなっており、ほぼ同時代に生きた芸術家だといえる。アンドレ・ドラン(1880-1954)は中流階級の家庭に生まれ、技術者にしたいという父の期待に反して早くから絵画に関心を示す。1898年からアカデミー・カリエールに学び、ここでマティスと出会う。1900年以来ヴラマンクとパリ近郊のシャトーでアトリエを共有し、「シャトー派」と呼ばれる前期フォーヴィスムを展開。ドランとヴラマンクはゴッホ回顧展を訪れて非常な感銘を受け、またそこでマティスにヴラマンクを紹介した。1905年の夏、ドランはマティスと南フランスの小さな港町コリウールで制作し、秋のサロンにフォーヴの一員として名を連ねた。この時期、マティス、ヴラマンクとともにドランはフォーヴィスム運動の中心的立場にあった。フォーヴの時代をへたドランは、やがてセザンヌに傾倒し、古典主義に回帰し、豊かな量感の抽出へと向かっていく。ドランは第二次大戦中、対独協力のために、戦後多くの批判をうけた。しかし彼の描いた世界の力強さは、戦後の巨匠のひとりとしての位置を占めた。

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