大妻コタカ
大妻学院創立100周年記念式典(2008年11月7日)に併せて「大妻コタカ展」が開催された。故人所蔵の生家写真や遺品が展示されている。大妻学院の創立者である大妻コタカ(1884-1970)は、大正5年大妻技芸伝習所を設立し、手芸・裁縫を教授。大妻実科高等女学校に発展。昭和17年大妻女子専門学校を設置し、良妻賢母教育を行なうが、大政翼賛会に入り、国粋主義的な婦人団体の幹部であったため、昭和23年12月8日、公職追放となる。解除後の昭和29年校長に復職。中学から大学までの大妻学院に発展させる。大妻コタカの校訓「恥を知れ」とは、「他人に対して言うことばではなく、あくまでも自分に対して言うことである。人に見られたり、聞かれて恥ずかしいようなことをしたかどうかと自分を戒めることである」と自己を律することを常に説いていた。
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