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2012年8月15日 (水)

聖断の演出家、鈴木貫太郎

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    今日は67回目の終戦記念日。昭和20年8月、広島、長崎に原子爆弾が投下され、日本の敗戦が決定的になっていた。8月9日から10日未明にかけて、宮城内の防空壕で最高戦争指導者会議(御前会議)がおこなわれた。鈴木貫太郎(1867-1948)は最後の御前会議において、天皇との阿吽の呼吸により劇的な御聖断に持ち込めた。しかしあくまでポツダム宣言受諾拒否の阿南惟幾陸軍大臣(58歳)は、「聖断」が下ると、その夜、陸相官邸で切腹自殺した。鈴木邸は軍の焼打ちにあって全焼した。連合軍には天皇の御聖断によりポツダム宣言を受諾することが伝えられた。午後11時過ぎから宮城内で終戦に関する詔書の吹き込みが行われた。これを知った一部将校グループがクーデターを計画、録音盤奪取を試みたが失敗した。鈴木はかなり前から終戦を決意していた。だが、当時の軍部、とくに陸軍統帥部は徹底抗戦に凝り固まっていた。性急にことを選べば、軍の過激派が決起し、内乱になる恐れがあった。鈴木は、主戦派も和平派もだましながら、天皇の裁断で和平の道をつくるという、誰も予想しない離れ技を演じた。終戦から3年後の昭和23年4月17日、痩身の彼は枯れ木が倒れるように81歳の生涯を閉じた。

Img_0007 最高戦争指導者会議(画・白川一郎)

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