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2012年7月23日 (月)

開国と尊王攘夷

Okamot1   安政5年、6年は維新史でも重要な年だった。安政5年1月、幕府は日米修好通商条約調印の勅許を奏請するが、孝明天皇はそれを拒否した。6月、勅許のないまま、幕府が上記条約を調印したため、天皇は激怒する。このころ橋本左内(1834-1859)は越前藩主松平慶永の側近となり、上洛、一橋慶喜待望説を遊説。しかし、井伊直弼が大老に就任し、慶永が処罰されると左内も、安政6年、江戸伝馬町獄舎で斬首された。安政の大獄を取り仕切った井伊直弼の側近、長野主膳(1815-1862)も、桜田門外の変で直弼が暗殺された後、藩内の尊攘派岡本黄石(画像1811-1898)らのクーデターで失脚、斬首された。

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