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2012年7月 3日 (火)

人名の語感について

    名前そのものの働きは自他を区別するための符牒にすぎない。しかし有名人になると名前そのものにパワーがでるような気がする。坂本勇人は好機に打つ印象があるので、名前そのものも実にいい響きがでてきた。しかしこれは「坂本」が坂本龍馬を思いださせ、「はやと」が隼人など凛々しく勇ましいイメージを増幅させるからかもしれない。だが日本語をしらない外国人はどのように感じるかはわからない。反対に日本人が外国人名をどのような語感で捉えるのかも不思議な世界である。世界史では世界中の人名を取り扱うが、やはり語感がともなうものである。ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーという名前は何度も聞きなれているので奇異に感じないが、初めて小学生がチャイコフスキーという名前を聞くとどのような印象なのだろうか。チャンドラグプタ、ウンベルト・ボッチョーニ、ガヴリロ・プリンチプ、タルコット・パーソンズ、ジョナサン・アルバラデホ、スメルジャコフ。これらの名前も本国ではめずらしいのかありふれたものなのか、日本人にはわからない。ユーリイ・ガガーリンが特別な名前なのか、ありふれた名前なのか、語感というものはその国の文化そのものを享受していないと身につかないものなのだろう。

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