個人全集を読むこと
高山樗牛は「文は人なり」といった。文章を見れば書き手の人となりがわかるという意味である。この言葉はもともと18世紀のフランスの博物学者ビュフォンが1753年にフランスのアカデミーへはいったときの就任演説「文体論」の一節である。評論家の小林秀雄は「読書について」で「ある作家の全集を読むのは非常にいいことだ。研究でもしようというのでなければ、そんなことは全くむだごとだと思われがちだが、決してそうではない。読書の楽しみの源泉にはいつも「文は人なり」(文は人間そのものである)ということばがあるのだが、このことばの深い意味を了解するのには、全集を読むのがいちばん手っ取り早い、しかも確実な方法なのである。一流の作家ならだれでもいい、好きな作家でもよい。あまり多作の人はやっかいだから手ごろなのをひとり選べばよい。その人の全集を、日記や書簡の類にいたるまで、すみからすみまで読んでみるのだ。」と論じている。だがかつての漱石全集などには書簡があった。けれども最近の全集には書簡集がないのもの多い。作家すら手紙を書かずにメールで済ませる時代だから、作品集はあっても個人全集で日記や書簡の類まで知ることは不可能になるかもしれない。
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