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2012年6月19日 (火)

新選組隊士、市村鉄之助

200906211632028b2    明治2年5月、五稜郭は新政府軍に囲まれて総攻撃の日が近づいていた。土方歳三は世話係の市村鉄之助(1854-1873)に遺品を日野に届けるよう命じた。銃弾飛び交う中を脱したその苦労は計り知れない。7月になってようやく、土方の義兄にあたる佐藤彦五郎の家にたどり着き、遺髪や写真、辞世の和歌や手紙などを届けた。鉄之助は2年ほど、佐藤家の厄介になったが、郷里の大垣に帰った。のちは西南戦争に西郷軍の一人として参戦して討死したという話も伝わるが、史実は明治6年大垣で病死している。

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