無料ブログはココログ

« リマ症候群 | トップページ | オスカー授賞は拒否できないのか? »

2012年5月15日 (火)

野間大坊

131460978   平治の乱に敗れた源義朝は、数人の家来と共に野間(愛知県美浜町)に落ちのびた。家来の鎌田政清の舅長田忠致の許に身を寄せるが、忠致・景致父子は平家からの恩賞目当てに湯殿で義朝を謀殺する。この時、義朝は「我に木太刀の一振りもあればこう易々と討たれないものを」と無念の叫びをあげて討たれた。このため、野間大坊にある義朝の墓には、いまも木刀が山のように供えられている。

« リマ症候群 | トップページ | オスカー授賞は拒否できないのか? »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« リマ症候群 | トップページ | オスカー授賞は拒否できないのか? »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31