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2012年5月17日 (木)

山口判事のドラマでの扱いをめぐって

   本日のNHK朝ドラ「梅ちゃん先生」を観ていると、戦後の闇米を拒んで餓死したという新聞記事を読んだ父親の建造が、自分も配給品しか食べないと宣言する話があった。家族の者たちは建造の頑固さに呆れ、みんなで御馳走を食べようと作戦を企てる。たかだかドラマの話なのであれこれ言うのはクダラナイことかもしれない。戦後の食糧事情の悪さから亡くなった人は多い。しかし自らの意思で餓死した人はそう多いわけではあるまい。ドイツ語教授亀尾栄四郎、保井徳太郎判事、そして山口忠良判事。とくに朝日新聞に掲載された山口判事の死は当時からセンセーションであった。ある人はその頑固さを笑い、超世俗性を憐れんだ。当時の片山哲首相夫人は新聞のインタビューに答えて、山口夫人の工夫が足らないことを咎めた。しかしこれに対して多くの人が首相夫人を非難するという一幕もあった。「梅ちゃん先生」をみて奇異に感ずるのは生死を扱う医師を志すにもかかわらずその軽さである。学校の窓ガラスを買うために偽コーラを製造する話なども不可解である。山口判事の死の取り扱いにも疑問は残る。重い時代の実際の出来事を戯画化するのは死者を冒涜することだ。ただ単に戦後事件をドラマの味付けに使うのは許されない。明るくて希望を与えるドラマだと思っていたが、たとえば秋田出身の同級生のステレオタイプ化した戯画化は明らかに東京(蒲田)から見た地方への差別と偏見の現れのように思える。

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