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2012年5月22日 (火)

愛とは決して後悔しないこと

Img_0001   宝石をちりばめたような香港の夜。アメリカの妻子ある新聞記者。イギリス人の父と中国人の母を持つ女医。二人は愛を誓いあうが残された時間はわずかだった。アルフレッド・ニューマンの主題歌「恋はすばらしきもの」の愛への歓喜あふれるメロディーで世界中の人々に愛された映画「慕情」(ウィリアム・ホールデン、ジェニファー・ジョーンズ)である。

恋は美しきもの

四月の丘の上

春浅く バラ咲きいずる

恋は自然の営み

人は生きる喜びを知る

恋は人を王者とする黄金の冠

風吹く丘の上

朝霧の中に口づけを交わせば

この世も止まり

物言わぬ私の心も

君の指がふれる時

歌ふことを知る

そう、真の愛は

はかなくも素晴らしきものだから

   世の中に愛を讃美したものは古代ギリシアの時代から数多くみられる。21世紀の現代においても、詩、小説、映画、美術、さまざまなジャンルで愛を最高のものとして讃美している。だが愛を法律で規制することが現実におこっている。武田鉄矢の主演「101回目のプロポーズ」というドラマがかって人気を呼んだが、現代では被害者が告訴すればストーカー規制法という法律の適用により逮捕されるであろう。石川達三の小説「青春の蹉跌」(昭和43年)のなかで主人公の江藤賢一郎は「日本の法律のなかに、愛という字は一字もないよ。もともと男と女の愛というものは、理由のない感情なんだ」という有名なセリフがあった。愛という字が本当にないかどうか調べたことがあっが、なんと日本国憲法の前文に愛という一字はあった。嘘話であっても「愛は法律では裁けない」という不文律があるように信じていた。だから、「101回目のプロポーズ」もドラマとして共感をよぶのであろう。ところが現実社会は凶悪な犯罪も起きているのも事実である。そのため新法が俄かに成立したのである。男女の愛情問題を法律が裁くのであるから、かなり珍妙なケースも生ずるであろう。なぜなら男女の関係は千差万別だから。最近では、「今度いつ会える」と十数回メールを女性に送った人がストーカー行為として逮捕されるという事件が話題になっている。容疑者は「恋愛目的ではなかった」という供述をしている。ストーカー規制法では「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又それが満たされなかったことに対する怨念の感情を充足する目的で(云々)」とあり、あくまで「恋愛感情」があったのかが定義となっている。要するに「恋愛感情」であれば裁かれ、恋愛目的でなければ他の法律の適用になるか、軽微であれば単なる「いたずら」「悪ふざけ」の程度ですまされるのであろう。

   かつて恋愛の成就は「押しの一手」と教えられた。だが女性の自立が進んだ現代においては逆効果をうむことが多いようだ。では、片思いで相手にされないもてない君の場合、ストーカー規制時代の恋人さがしは諦めるしかないのだろうか。十数回メールを送ると逮捕される日本であれば、ふりむいてもくれない相手にどのように交際を求めるべきなのか。結論は、本当に好きなら、「好き」とはっきりと相手にいうべきである。本当に相手のことを想うならば、メールでなく、手紙で、あるいは真正面からぶっかって愛の言葉を告げることが大切である。一番大切なのは愛する心、そう、「愛とは決して後悔しないこと」Love means never having to say you're sorry.である。

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