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2012年4月 5日 (木)

独眼竜政宗の弟法印秀雄

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伊達政宗の白萩所望文書(あきる野市)

   伊達政宗(1567-1636)には2人の弟がいる。次男の小次郎(政道)は1590年、政宗が殺害したということになっている。末弟の鶴若(つるわか)はどうなったのか。その後、出家し、大悲願寺の15世の住職となり法印秀雄といった。伊達政宗の書状(白萩文書)が東京都あきる野市に残っている。1623年、伊達政宗が大悲願寺を訪れ、庭の白萩が見事に咲いていたが、その時は遠慮して帰り、後日わざわざ飛脚を以て、白萩を所望したことが書かれている。実は、政宗の弟、法印秀雄がこの寺にいたため、当地を訪れたのであろうか。法印秀雄はのち宝仙寺の住職として1642年にこの世を去った。

 追而曾掛ニ候へ共仕折

 節小袖帷壹重進候。以上。

熊以飛脚申入候。

先度者参。遂会

面本望候。仍無心之

申事候へ共。御庭之

白萩一段見事候キ。

所望致候。先日者申

兼候而罷過候。預候者

可恭候。猶期後音候。

恐惶謹言。

         松平陸奥守

 八月廿十一日 花押

 彼岸寺御同宿中

(参考:佐藤誠「独眼竜政宗の弟法印秀雄」歴史研究309)

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