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2012年4月 2日 (月)

アンジェー城とルイ9世

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   パリの南西を流れるロワール川の中流域アンジュー地方はローマ時代にはユーリオマガスと呼ばれていたが、3世紀の終わりから城塞都市として発達、9世紀後半にアンジュー公フルク1世が支配した。12世紀初めにアンジュー公とノルマンディ公とを兼ねたジョフロア4世・プランタジネットが、イングランド王ヘンリ1世の娘マチルダと結婚した。だが、その子息がイングランド国王に迎えられてヘンリ2世となり、父親の没後、所領のノルマンディと共にアンジュー地方までを伝領したので、フランスの内陸部にまでイングランド領が現れることとなり、領地問題は大変複雑となった。リチャードとジョンがイングランド王になると、フランス王フィリップ2世は失地回復の闘争を起こし、1204年から1206年の間にアンジューをはじめノルマンディなどの領地を奪回した。ルイ9世は1232年ころアンジェー城を堅固な城郭とした。ルイの治世(在位1226-1270)はカペー朝を通じて最も栄光に満ちたものであり、パリをヨーロッパにおける文化の中心としたのも同王である。

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