ヌヴォラーリとバルツィ
タツィオ・ヌヴォラーリ(1893-1953)は1930年、アルファ・ロメオチームのドライバーとして初めてミッレミリア自動車レースに参戦した。このとき同じチームには宿敵アキッレ・バルツィ(1904-1948)がいた。バルツィはミラノ出身、資産家の息子、スマートないでたち、マントヴァの田舎出のヌヴォラーリとは、全く対照的だった。彼とのライバル関係は1948年、バルツィが事故死するまで25年間にわたった。
イタリア全土1000マイルを走るミッレミリアは1分間隔でスタートし、3台をエントリーしたアルファチームの中ではヌヴォラーリが一番最後のスタートとなった。バルツィより10分遅れである。レースは折り返し点でバルツィがトップ。チームとしての勝利を優先した監督はペースを抑え完走するようにヌヴォラーリに指示した。しかし彼はこれを無視し、猛然とトップを追走する。最終区、ついにバルツィを視界に捉えたヌヴォラーリはさらにスピードを上げ間隔を詰めた。あたりは闇夜になっている。だがヌヴォラーリは車のヘッドライトを消して、気づかれないように次第に差を詰めていった。バルツィは後続なしと思い、ペースを落とした。そのとき、車が一気に横を駆け抜けた。「ヌヴォラーリ!」とバルツィは叫んだ。もう遅かった。ヌヴォラーリはヘッドライトを点灯し、道路を煌々と照らしながらゴールしたのである。
( keyword;Tazio Nuvolari,Achill Varzi,Mille Miglia,Mantova )
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