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2012年4月27日 (金)

阿漕の語源

Saigyou_1
 西行戻しの松公園

 「そういうあこぎなことを言うものではない」などと用いられる阿漕という言葉は西行伝説と結びつけられる。もと歌は「逢ふことを阿漕の島に引く鯛のたびかさならば人も知りなむ」伊勢の阿漕ヶ浦は禁猟となっていた。ところが阿漕の平次という土地の孝行者が母の病気を癒すため密漁を行い、捕らわれたという話がある。阿漕とは「たびかさなる」転じて「際限なくむさぼる」という意味。

    佐藤義清(のちの西行)は待賢門院との恋をうわさされたとき、崇徳上皇から「伊勢の海阿漕ヶ浦に引く網も度重なれば人もこそしれ」と詠まれた。義清はかなわぬ恋を諦め出家し、奥州へ修行に行く。松島で老人にあい「伊勢の海阿漕ヶ浦に引く網もたびかさなればあらわれやせん」という古歌を教えられる。西行は、己の身を恥じ松島行きを断念し引き返したという伝説が生まれる。「あこぎ」とは「道ならぬことを度々おこなう」という意味も含まれるようになった。

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