保元の乱の遠因
NHK大河ドラマ「平清盛」第12回「宿命の再会」。美人女優・壇れいが演じる待賢門院璋子(1101-1145)が亡くなった。花の寺でしられる法金剛院(京都市右京区花園)が紹介されていた。璋子が落飾し、出家したのは1142年、それから3年後、45歳で没した。1156年の保元の乱、崇徳上皇と後白川天皇との国争いを見ることなく世を去ったのは、むしろ幸せであったかもしれない。西洋では「クレオパトラの鼻がもうすこし低かったら、歴史は変わっていただろう」とあるが、待賢門院璋子があれほど美しくなかったら、白河法皇も寵愛せず、崇徳も後白河も、二条、高倉両天皇も存在せず、保元の乱も起こらなかったかもしれない。慈円が「愚管抄」で記した「武者の世」になることはずっと先のことだったかもしれない。
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