原子力開発への警告
この1年で大きく変わったことは国民の原子力政策に対する意識であろう。もはや原子力の平和利用という呪文も通用しなくなった、もともと日本はエネルギー資源の貧しさから、被爆国でありながら、基本的に原子力政策は支持されてきた。子どもたちに人気のあった鉄腕アトムというロボットは原子力を動力としている。ウェツプの「ノーチラス号北極横断記」は子どもたちによく読まれた。1960年代、海運国の日本は将来に予想される原子力船時代にそなえて、原子力船「むつ」の建造を計画した。1969年、「むつ」は船体は石川島播磨重工業で、原子炉は三菱原子力工業で完成され、就航した。だが1974年、北太平洋航行中(青森県尻屋岬東方80km)に放射線漏れをおこした。陸奥湾漁民らは帰港に反対し、むつは9月5日からおよそ1ヶ月以上も漂流をつづけた。10月14日に協定が締結され、15日ようやく大湊定係港に帰港した。1993年、原子炉を解体撤去し、現在は海洋地球研究船「みらい」と名を変えて活躍している。アメリカの核物理学者イングリスは「平和の名を借りた」ものとして批判した。そして「日本がアメリカのように原発推進の道をとらず、他の平和エネルギー開発のパイオニアを目指すよう助言したい」(1974.7)と見解を発表している。
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