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2012年2月20日 (月)

世界史人名は何人くらい知っていればいいのか?

   膨大な世界各国の歴史上の人名をおよそ何人くらい知っていればいいのだろうか?1000人以上知っていれば一般常識人であろうか。山川出版社の「世界史人名辞典」は1,914名が収録されている。中国史でいえば、酈道元、魏忠賢、黎元洪など難しい名前も含まれている。では人名事典として2,000人あれば十分かというと、実際に使ってみると、いささか少なくて頼りない。たとえば漢の財務家、桑弘羊が採録されていない。塩鉄の専売について、存廃論議を集めた「塩鉄論」で有名である。数研出版の「世界史辞典」や創元社の「東洋史辞典」には採録されているだけに検討してもらいたい。

   龔自珍(1792-1841)も収録されていない。号を定庵という。「清末末の変革的思想は定庵より筆を起こす」といわれるほどである。ちなみに「コンサイス日本人名事典」は約14,000名が収録されているので、世界史においてもそれくらいの規模が望まれる。

    たとえばナポレオン・ボナパルトの母レティツィアは13人の子を産んでいる。男5人女3人が成人した。長男はジョゼフ、次男がナポレオン、三男がリュシアン、四男がルイ、五男がジェロームといった面々である。彼らが収録された事典はみかけたことがない。

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    ナポレオンの兄ジョゼフ・ボナパルト(1768-1844)は76歳まで生きている。

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