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2012年2月20日 (月)

とっぽい奴

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「悪名」 八尾の朝吉とモートルの貞

  「とっぽい奴」という表現はヤクザ映画などでしばしば使われる。よく耳にする形容詞ではあるが、時代や前後の文脈により、さまざまな使われ方をする言葉だ。もともと明治時代には「ずる賢い」「抜け目がない」という意味であったが、昭和に入ると「気障で不良じみた人」「生意気」などという意味も加わってきた。そのためヤクザ風の若い男に対して使われることが多い。広辞苑には「気障で生意気である」とある。だが戦後、「いかす」「イケてる」などと比較的近いニュアンスを持つ言葉が流行したことで、「とっぽい」の意味に変化が生ずるようになる。1970年代の吉田拓郎の「とっぽい男のバラード」に見られるように「何をやってもダメな奴」というイメージで歌われている。歌詞には「何をやってもダメなうすのろだけの男、好きな女がいても他の男にとられて、とっぽくてとりえのない男」とある。

    つまり現在では「ずる賢い、抜け目がない、ちゃっかりしている」という本来の意味から、正反対の「間が抜けている、ダメな人」という意味へと移行しつつある言葉ではないだろうか。自分中心のナルシストという意味も含まれる。

    同様に「とっぽい娘」も昭和の初めには「気障」「ちゃっかりしている」からモダン・ガールなどのような近代的、都会的なタイプの女性を指したようだが、戦後になると「田舎出のとっぽい娘」という矛盾した表現もみられるようになる。つまり「とっぽい」はテキ屋の世界では、「抜け目のない」という意味だったが、時代とともに「間抜け」の意味で使われることのほうが多いようになっている。

   個人的には「とっぽい」というイメージは、何をやってもダメな奴というよりは、イキでちゃっかりしている現代的なヤクザ風の男をイメージする。つまり映画「悪名」(田中徳三監督)で田宮二郎が演じたモートルの貞のようなアンちゃんである。ちなみにモートルとはモーターのことだが、博打を意味する符丁だそうだ。最近の人は「流行にのっていて派手な様子」を「とっぽい」と表現している。

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