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2012年2月24日 (金)

「八甲田山遭難事件」自殺と美談の形成

    明治32年1月の199人が死亡した青森歩兵第五聯隊の八甲田遭難事件は小説、映画になり広く知られている。北大路欣也演じる神田大尉のセリフ「天は我々を見放した」は映画公開時、流行語にもなった。映画では変名にしているが、神田大尉は神成文吉である。指揮官は神成大尉であったが、編成外の連隊本部山口鋠少佐が途中から指揮をとり、このことが遭難をまねいた一因とされる。歩兵第五聯隊遭難ニ関スル取調委員は審議で遭難の直接の原因は山口少佐にあるとしている。しかし山口少佐への責任追及は十分にされなかった。山口少佐は1月31日に奇跡的に駒込川の谷底の岩洞で発見された。2月2日、山口に明治天皇は叡旨を与えられ、御菓子料が下賜されたが、その当日に山口は拳銃自殺した。公式には症状が悪化したとされているが、陸上自衛隊青森駐屯地の資料館には山口が自殺に使用した拳銃が展示されている。異説はある。「凍傷を負った手で拳銃が使えるのか?」「という指摘もある。この他、自殺幇助説、麻酔による殺害説などもある。いまとなっては真相は不明だが、山口少佐の死によって、事件の責任者はいなくなり、遭難事件には決着がついた。新聞は美談を書きたて、八甲田の遭難事件は愛国心を高める物語に創り上げられていく。

W_img017山口少佐が自決に使用した拳銃

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