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2012年2月12日 (日)

平家人物考 「平明子」

  NHK大河ドラマ「平清盛」の人物相関図をみると、清盛の最初の妻は明子(加藤あい)、二番目の妻は時子(深田恭子)とある。コンサイス日本人名事典をみると、平時子の名はあるが平明子はない。平重盛の項を見ると、母は「右近将監高階基章の娘」とある。平明子は長男重盛、次男基盛の母であるが、詳細はわからず、生没年も不明であるが、早世したらしい。兵部権大輔時信女時子が正室になっていからである。子の基盛24歳で、重盛49歳で、ともに病死しているから明子も蒲柳の質であったかもしれない。重盛は武勇に優れ、後白河法皇を守り、清盛を諌め、「日本の三忠臣」とされるが、平家一門のなかでは孤立していたという。嫡男でありながら、実際に重んじられたのは時子の子息たち、宗盛、知盛、重衡らであった。明子は身分が低く、有力な親族が無かったためとされる。だが時子の子らは1185年にみな戦死するので、明子の末裔だけが命を取りとめる。1198年、維盛の子、高清が没して平家の嫡流が断絶する。人の命運とは不思議なものである。

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「日本史」カテゴリの記事

コメント

初めまして、ブログを拝見しました。当方は重盛の末裔です。人の運命は本当に分からないものですね。

コメントありがとうございます。「忠ならんとすれば孝ならず孝ならんとすれば忠ならず」歴史を仮定で語るのは禁句なれど、もし重盛が長生きしていれば福原遷都はなくて、平家もあんなに急に滅ぶことはなかったかもしれない。

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

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