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2012年2月14日 (火)

死のサイン

    最近「GKB」という言葉が話題になった。2012年度の自殺対策防止強化月間の標語「ゲートキーパーベーシック」の略語である。自殺を考えている人のサインに気づき、声を掛けて見守ったりする人を指す。標語うんぬんよりも、年間3万人以上の自殺者がでる現実が問題である。

    なぜ人を死へ追い詰めるのか、その内的なものは他人からは知ることはできないが、現代社会の病理的なものを感じている。小説の世界でも自殺をほのめかしたものは、なにかしら純文学的なものとして、高く評価される傾向があるように思える。芥川龍之介や太宰治の作品には随所に死への暗示がなされている。吉行淳之介の短編「夏の休暇」を読んだ。短編で少年が主人公なので、夏の気楽な読み物と思って読んだのだが、結末は暗示的なものであった。小学生の一郎が若くてハンサムな父親に連れられて、夏休みにO島へ行く。母は病弱なので行かなかった。さわ子という美しい女性が現れる。どうやら父の愛人のようである。一郎がミミズに小便をかける場面がある。さわ子は「ミミズに小便をかけると、おちんちんが腫れるよ」という。一郎は汗で濡れたさわ子のブラウスをみて、ペニスが初めて勃起するのを経験する。だが一郎はミミズのせいで腫れたのだと思っていた。この小説は少年から大人へ変わろうとする自分の性を描いたものであろう。不可思議な行動をとる父との対比で描いている。父には死への暗示のようなものがみえる。もちろん読者は吉行淳之介の父は作家の吉行エイスケであることは知っているのだが、実名などは避けて、現実よりも小説の世界を描きたいのだろう。大島や熱海もO島、A温泉としている。父が一人で沖に泳いでいき、死んだのか、無事に生還したのかは、はっきりと書かれていない。父は自殺したのだろうか。自殺の理由は何なのか、はっきりとは書かれていない。最後の一文は「なにかしら解放感のようなものが、甘くひろがってゆくことにも気づいた」とある。いろいろに解釈できることが一層、文学的な芳香を放つのであろうか。生と死は、生きている者たちの永遠のテーマである。働き盛りの自殺者が急増しているが、最近ふさいでいる人に対して、周囲の人たちが自殺のサインに気づいて、何気ない一言をかけることも自殺防止の一助だと思う。

「自殺は殺人の最悪の形態である。というのは、それは後悔の念を起こさせる機会を少しも残さないからである。」(コリンズ)

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