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2012年2月12日 (日)

日本の死刑制度 

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 網走刑務所居室

    近世死刑史で史実に記されるのは、慶長5年(1600)8月の石川五右衛門の釜煎の刑であろう。同年10月には関ヶ原の合戦で敗れた石田三成、小西行長が斬首されている。江戸期、鈴が森の刑場が有名で丸橋忠弥(1651)らが処刑されているが、幕末になると処刑者は増える。頼三樹三郎(1859)、橋本左内(1859)、吉田松陰(1859)、平野国臣(1864)、武市瑞山(1865)ら憂国の志士がいる。小栗忠順は新政府軍によって斬首された(1868)。

    近代になると、江藤新平は司法制度の整備に尽力したが、皮肉なことに自ら確立した司法制度の下、裁かれて死刑となった(1874)。大逆事件では検察側が「十一月謀議」をでっちあげ、幸徳秋水ら12人の無罪の人たちを処刑した(1911年)。敗戦後の1948年、東条英機らA級戦犯7人が絞首刑となっている。近代法治主義では、犯罪が行われてから法律をつくって裁くというのは、罪定法定主義と法律不遡及の原則に反するものであろう。2006年のサダム・フセインの場合も正義の裁判だったとは到底思えない。つまり戦勝国が演出した裁判ショーである。現在、オウム真理教の松本智津夫ら死刑囚121人が拘置されている。

    だが民主党政権になってから死刑執行は1回(2人)だけである。鳩山邦夫は安倍・福田内閣の1年弱の法相在任中に13人の死刑執行を命じた。刑事訴訟法で、法相は死刑確定の判決から6ヵ月以内に執行を命令するように定められている。法相が死刑廃止論者なのだろう。いま日本の死刑制度の是非が問われている。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

死刑反対の千葉法相が自分の見学のために2人だけ処刑したが、まだ100人以上が未処刑のまま。
独身の変人・千葉景子の個人的な判断を裁判所の判決よりも優先させてはならない。
身の毛がよだつ奇人・千葉景子は刑場で2人の死刑囚の首吊り死刑を自分の肉眼で見た。

永田洋子は昨年、獄中で亡くなりましたね。

ちなみに彼女と文通していた田中美津が出たテレビ東京のドキュメンタリー(1973)が販売されてます(「田原総一朗の遺言」)。

とおりすがりさん、いつも見ていただいて有難うございます。当ブログ開設したころからずっと見てくれていますよね。ご指摘のとおり、永田は昨年2月に獄死したので訂正しました。脳腫瘍で患っていたので執行できなかったようです。懲役20年の重信房子は2022年が出所予定。いま八王子医療刑務所で抗がん剤の治療を受けているとか。

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