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2011年12月30日 (金)

本当は謝罪しなかった漱石

    NHKスペシャル「坂の上の雲」最終回で夏目漱石が根岸の子規庵に訪れた場面があった。漱石は「大和魂はどんなものかと聞かれたら、誰も見たものはない、誰も聞いたことはあったが、誰も遭った者はいない、大和魂はそれ天狗の類か」と大和魂を茶化した。子規の妹律は「命を懸けて戦っている軍人さんに失礼じゃ」と立腹。慌てた漱石が「怨みじゃ」と弁解し、両手をついて謝るシーン。どうも全体の中で違和感がある。原作を調べてみたが、そのような会話は小説にはなかった。脚本家の創作らしい。元ネタは「吾輩は猫である」の苦沙弥の「大和魂」談義からだろう。生前の司馬遼太郎が映像化を許可しなかった理由は、視聴者が日本海海戦などの勝利の映像場面をみれば、戦争を肯定し、軍人を美化することへのためらいがあるからである。軍国主義の批判的立場にいた漱石に「文学者はいざとなったら軍人に頼るしかない」といわしめ、謝罪するシーンを挿入する必要があったのだろうか。「子規はそう思わない」と律は言い、漱石も「そうじゃなあ」。律は「もっと素直になったら、がんばれって」と締めくくっている。批判せずに体制に順応せよということなのか。あくまでドラマなので軽く見逃そうとは思うが、原作にない余計な場面をなぜ入れるのだろうか。漱石はこのあとに執筆した「三四郎」で広田先生が「日本は滅びる」と言っている。漱石は謝らない。

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