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2011年12月25日 (日)

記と書

    今年の漢字に「絆」が選ばれた。ネットでいろいろ検索すると、少数派ながら違和感を感じたかたもおられるらしい。そもそも「絆」とは、普段目に見えなかった他者とのつながりを強く意識したときに自然に感じるもので、他人に声高に主張するような言葉ではない。ところが、今年多用されるようになった「絆」という言葉は、「つながり」「力を合わせよう」「一緒にがんばろう」という意味が込められ、ちょっとした「便利な言葉」として利用されているような気がする。漢字が原義を離れて、さまざな解釈で変化していくことは、ある程度止むを得ないことではあるが、日本語の乱れになっていくだろう。

  よく使われる「記」と「書」との区別も日本人はあいまいである。中国では文章様式として「書」「表」「評」「記」「録」などの漢字があるが、当然、厳密に区別されて使用されていた。とくに「記」は「雑記」であって、個人の伝記や政治に関係するような重要なものは「記」とは呼ばない。司馬遷は自身の書を「太史公書」としたが、後世に「史記」とされた。これは司馬遷は公的な歴史書であると主張しているが、後世の史家たちは、伝聞や個人的見解が多く、単なる記録、日記の類として「史記」と命名されたものと解するべきである。すなわち古来から史記、漢書の優劣論があるが、公的な史書からいうと漢書が優るとされてきた。もちろん近代史学になって、太古からの本紀列伝体の史記叙述スタイルは独創的であり、その歴史的価値は明白ではあるが、「記」と「書」とではランクが違うのである。

   漢字の原義を重要視しない日本人は、子どもへの命名法にも顕著にあらわれている。音の美しさのみで、漢字の字義・字解を無視することは昨今の悪弊であると感じている。

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