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2011年12月31日 (土)

河合その子がいなかったらAKB48のレコ大はないかも

    おニャン子クラブのメンバーから最初のソロデビューは河合その子の「涙の茉莉花Love」。この曲がオリコン週間第1位を獲得。1985年9月のことである。おニャン子は3年後解散。河合その子は「落葉のクレシェンド」「青いスタスィオン」などヒットを飛ばすもののわずか5年の短い芸能活動だった。だが、敢えて言おう。河合その子が登場しなかったら、AKB48の涙のレコード大賞受賞もなかっただろう。

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