月月火水木金金
伊集院五郎(1852-1921)は、明治41年5月、海軍第1艦隊司令長官となる。同年10月、連合艦隊司令長官に兼補され、11月20日まで務めた。伊集院は海軍には日露戦争での大勝によって軍紀の弛緩を感じた。そのため、土曜と日曜の半休、全休を返上して、猛訓練を行なった。この時の猛訓練を評して「月月火水木金金」という言葉が生まれた。海軍には休日なしという意味である。
一般によく知られている軍歌「月月火水木金金」(作詞・高橋俊策、作曲・江口夜詩)は昭和10年のもので、休日返上で訓練や仕事に励むという標語として太平洋戦争に向けて定着していった。
朝だ 夜明けだ 潮の息吹
ぐんと吸い込む 銅色の
海の男の 艦隊勤務
月月火水木金金
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