夏王朝は実在したか
初期王朝の発生 中原平野の地には、早くから漢民族が拠って農業に従事していたが、邑という集落を形成し、これが国・郡という形態に発展する。やがて他の邑を圧倒して王とよばれ者が現われた。伝説によれば中国の古帝王に三皇五帝や堯、舜、禹の三王があり、禅譲によって継承されたが、禹の時代から王位が世襲となって夏王朝が成立したという。(およそ紀元前2070年ころ)
禹 治水事業に成果があったとされる中国最初の王朝・夏の始祖。(架空の人物とみられる)夏王朝は禹から14世代、17君、前後471年間(432年説もある)続いたといわれる。
夏王朝の実在性 現代中国の史学界では夏王朝が実在したことは常識となっている。河南省にある二里頭遺跡、二里岡遺跡が夏の遺跡とみられている。しかしながら、殷のように甲骨文字や青銅器銘文のような出土史料がまだ発見されていないので、夏王朝の歴史的実在が完全に証明されているわけではない。
「夏王朝は実在したか」和田清 日本学士院紀要10-1 1952
「夏王朝は実在したか」松崎寿和 「黄河・シルクロードの考古学」 1985
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