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2011年11月18日 (金)

坂本龍馬と沖田総司もし戦わば

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  坂本龍馬と沖田総司が剣で戦わばどちらが強かったか?などと想像しても無意味なことかもしれない。しかし二人は相当な剣の達人であったという。龍馬は北辰一刀流、沖田総司は天然理心流。龍馬が学んだ北辰一刀流は江戸三大道場の一つで、千葉周作の神田お玉ヶ池道場玄武館には門人3千人といわれ、現代剣道に及ぼした影響は大きい。幕末の剣客としては、清河八郎、海保帆平、塚田孔平、大羽藤蔵、藤堂平助、山南敬助、伊藤甲子太郎、服部武雄などがいる。一方の天然理心流は開祖は近藤内蔵助で、武州多摩に広まった農民剣法。木刀による形稽古が中心。近藤勇、土方歳三らがいる。これだけみたのでは明らかに北辰一刀流のほうが勝るように思える。ちなみに年は龍馬は近藤の一つ下で土方と同年である。しかし沖田の剣の実力は近藤、土方よりも上であるという証言が残っている。沖田には「三段突き」という得意技があった。突く、引く、また突く、という三挙動を一調子でおこなう手練の早業である。「敵を刀で斬るな、からだで斬れ」と常に教えられ、よく真剣の呼吸を体得していた。つまり道場試合では北辰一刀流が勝るものの、激剣となると勝敗はわからない。ただし、ひとつ判断材料がある。慶応3年11月18日、高台寺党の伊東甲子太郎、服部武雄ら北辰一刀流の使い手たちが新撰組によってたちどころに斬殺されている。暗殺された場所をとって「三条油小路の血闘」といわれる。龍馬が近江屋で暗殺されたわずか3日後のことである。伊東の殺害者は大石鍬次郎。大石は武州日野の佐藤彦五郎の道場で剣術を磨いた居合い抜きの名人である。やはり史上最強の暗殺集団・新撰組の暗殺剣は北辰一刀流の道場剣法を相手にしない凄まじさがあった。小島鹿之助は「此人(沖田総司のこと)剣術者晩年必名人に可至人也、故ニ我等深心配いたす」と近藤勇が語ったことを日記に残している。近藤は自分に万一のことがあった場合は沖田に天然理心流の道統を継がせる腹であったといわれる。

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「日本史」カテゴリの記事

コメント

>服部武雄ら北辰一刀流の使い手たちが新撰組によってたちどころに斬殺されている。

ここは誤りです。
たちどころどころか、服部は十余名の手錬れを相手に相当苦戦させています。

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