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2011年11月30日 (水)

岡左内と黄金の精

    岡左内という武将は会津国の蒲生氏郷に仕えていたが、のちに蒲生家転封に従い上杉景勝に仕えていた。ところが岡左内の評判ははなはだ芳しくなかった。岡左内といえば、「東北のけちん坊侍か」といって、みんなが鼻わらいした。左内は誰もが知っているしみったれの見本みたいな男だった。「お前さんのご主人は、豊臣の天下で第一番の豪傑といわれたのに、その家来がけちん坊の見本とはひどいものだ」友だちは遠慮なく左内をあざけったが、本人は平気な顔でお金をためることに一所懸命だった。休みの日には小判を畳にいっぱいに並べて、その上で素裸で昼寝をしていた。ところが、関ヶ原の戦いの前哨戦が起こった。このとき左内は「金はこういう時に使うものだ」として主人の上杉景勝に大金をぽんと献上した。日頃、金銭は穢れたものだと言っていた上杉家の家来たちもこれには感嘆せざるをえなかった。

    ある夜のこと、左内が寝ていると枕もとで人が歩くけはいがする。目をさまして、行灯のそばを見ると、見なれない小人の男がニコニコ笑っていた。「お前はだれだ。何んのためにこんなところへやってきたのだ」「はい、わたしはあなたの大好きなものでございます。黄金の精でございます」左内は大喜びした。そして「世の中には、いくら真面目に働いても、貧しくて、冬の寒さにも着る物を食べるもののない者がいます。黄金はなぜ、こうした人たちのところへ、ころがりこんでこないのですか」「お金持ちとか貧乏人とかは、それぞれ人間にそなわった運命みたいなもので、これは、黄金のほうからは、なんともなりません。わたしたち黄金は人のふところからふところへ仕事の割合で流れあるきます。だれが主人ということなく、ただ水がひくい方へと流れるのと同じです」そこで左内は、いささか突飛だとは思ったが、天下の平和について黄金の精にたづねた。「いまは豊臣の時代です。秀吉が天下をとって平和にみえますが、この平和はいつまで続きますか。どうか教えてください」「困まりましたなあ。わたしは冷酷な黄金の精で、天下の未来のことなど、わかるはずもありません。しかし、わたしの立場でいえることは、金が欲しいくせに、これをさげすむような武士の時代は、必ず終わりになるでしょう。そして、お金を大切にする商人や、農民が、いまに頭をもたげて、まじめにはたらく人びとの世界がやってくるにちがいない。まじめに働らく貧乏人の天下がくれば楽しいですなあ」こういって小人は、またしても福の神のようにニコニコしながら姿を消していった。

岡左内の弟が岡重政(1577-1613)。石田三成の五女は岡重政に嫁いでいる。

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