熱河
1703年に康熙帝が熱河避暑山荘を造営したのが始まりで、以後熱河は清朝の副都のような存在である。温泉が出る熱い河というのが語源。1733年には承徳直隷州と改称され、1778年には承徳府とされた。清末のアロー戦争では、咸豊帝は熱河避暑山荘で亡くなっている。
①熱河 皇帝の都 ヘディン探検紀行全集11 ヘディン著 斎藤明子訳 白水社 1978
②熱河遺蹟 岸田日出刀、土浦亀城 相模書房 1940
③熱河古蹟と西蔵芸術 五十嵐牧太 洪洋社 1942
④熱河事情 満洲文化協会編 南光社 1933
⑤熱河省漢代城址的発見 森富雄 森富雄刊 1942
⑥熱河探検記録 藤木九三 朝日新聞社 1934
⑦熱河討伐とその真相 加藤越山編 大阪図書株式会社 1933
⑧熱河の蒼い空 満州国特務警察活動記 幕内満雄 大湊書房 1989
⑨熱河離宮 随筆集 城千枝 九州人文化の会 1973
避暑山荘史話 中国歴史小双書 郭秋良・劉建華 北京・中華書局
⑥藤木九三は登山家として知られる。⑨城千枝は文筆家で、一度原稿をもらいに行ったたことがある。
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