芭蕉と陶淵明
菊を採る東籬の下、悠然として南山を見る
夏目漱石の『草枕』にも引用され、昔から日本人にもよく知られている陶淵明の詩の一節。この「南山」とは陶淵明の故郷、潯陽(江西省九江市)に近い盧山と考えられている。大垣で芭蕉はこの詩をヒントに伊吹山をみて、「折々に伊吹を見ては冬ごもり」と詠っている。「漂白の詩人」芭蕉と「隠逸の詩人」陶淵明、煩わしい世間を避け、生を楽しむ境地になったのには二人の共通する人生体験があったからだ。
陶淵明は44歳のとき、大火に遭って、家も財産も失い、すっかり貧乏になったという。飢えと寒さに迫られ、物乞いすることもあった。63歳で、飢えに悩まされながら病床でやせ衰えて死んだ。貧乏、不遇、孤独、つらい生涯だった。
芭蕉も39歳のとき、天和2年12月、駒込の大円寺から出火した大火は江戸中一帯に広がり、芭蕉庵も類焼した。有名な「古池や蛙飛び込む水の音」の句は、これまで貞享3年とされてきたが、最近の考証の結果、天和元年、2年頃の作とする説が有力である。(志田義秀『芭蕉俳句の解釈と観賞』)火事が詩人にとっての人生の大きな転機であった。
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