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2011年11月24日 (木)

大正デモクラシーとキリスト教

    宮城県における大正デモクラシーの三羽烏といえば、吉野作造(1878-1933)、内ヶ崎作之助(1877-1947)、小山東助(1879-1919)である。三人は同じ仙台第二高等学校の卒業である。明治20年に第二高等学校が創設されたが、明治中期ころ、仙台では英語の学習のためキリスト教も学生たちの間で関心が高かった。

    明治30年、栗原基(1876-1967)は尚絅女学校の校長をしていたアンネ・サイレーナ・ブゼル(1866-1936)が土曜日の夜間に開いていた聖書研究会に同級の内ヶ崎を誘った。その後、吉野作造、小山東助、島地雷夢(1879-1914)、小西重直(1875-1948)、深田康算(1878-1928)、斉藤信策らもこれに参加した。鳥地は明治31年6月25日、広瀬川で徹夜の祈りを捧げ、神の御手に触れた体験を与えられた。翌日曜日、吉野、内ヶ崎らと共に特別祈祷会を持ち受洗を誓い、7月3日に中島力三郎から浸礼を領した。

    アンネ・S・ブゼルはアメリカのネブラスカ州ジュニアタに生まれ、父も熱心な開拓伝道牧師だった。少女時代から日本への伝道の志をもっていたという。明治25年11月25日、26歳で宣教師として来日、仙台に赴任した。キリスト教の伝道と女子教育に生涯をかけた。大正4年、校長を辞してからも盛岡、八戸、遠野、塩釜、利府および登米などに宣教し、教会・幼稚園などを設立した。

   後年、栗原基は「ブゼル先生伝」を著わしている。(昭和15年)参考までに栗原基の他の訳書も記しておく。「バーバンクと植物品種の創造」(昭和17年)、「近代基督教思想史」マッギファート著(昭和5年)、「イエスの人格」フォスヂック著(昭和28年)、「ナザレ人イエス」H.E.フォスヂック著(昭和29年)、「宝瓶宮福音書」リバイ・ドーリング著(昭和45年)「信仰の意義」などキリスト教関係が多い。しかしながら栗原基の専門は英語学である。とくに明治43年の「英語発達史」(博文館)は英語史のまとまったものとして日本では最初のものであろう。明治40年に藤沢周次と共編で「英国文学史」を出版している。92歳の生涯をかけて栗原基はブゼル女史から学んだ信仰と英語を日本に伝えたのである。

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コメント

私は尚絅生です。
ブゼル先生のお話をこの前の創立記念の時に聞きました。私達の学校を作ってくれたブゼル先生に感謝して毎日を過ごしたいと思いました。

栗原基や吉野作造たちが英語学習のためにブゼル女史の聖書研究会に入り、後年デモクラシーを知るという話は、すばらしい日米文化交流のエピソードです。著名な言語学者ポール・クリストファーセンの「二番目の言語を習得するのに成功した人は単に二つの言語を所有するに至るばかりでなく、二つの文化を所有するに至る」という名言を思い出します。

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