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2011年11月 1日 (火)

「脱原発」が今年の流行語で終わらないことを願う

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    書棚の奥にしまっていた岩波新書の古い解説目録(1976年秋)がやっとでてきた。実は「図書1997」の企画で「私の薦めるこの1冊」という429人の著名人のアンケートをみていて、武谷三男の「原子力発電」「原水爆実験」を挙げる識者が1人もいなかったことが気になっていたからだ。1997年という時代は高度経済成長を経て石油ショック、ロッキード事件、冷戦の終結、バブルとその崩壊、平成不況、阪神大震災という背景にあった。大江健三郎がノーベル賞を受賞直後で「ヒロシマ・ノート」「沖縄ノート」「あいまいな日本の私」をあげる識者も多い。しかし核問題、原発、農村などへの識者の関心は低い。岩波新書の古典といわれる「万葉秀歌」(斎藤茂吉)、「新唐詩選」(吉川幸次郎・三好達治)、「日本の思想」(丸山真男)、「知的生産の技術」(梅棹忠夫)など著名な作品が目立つ。岩波新書には地味な問題、日本の階級構成、労働問題、人口集中と過疎、農村と医療などをテーマにしたものが多いのが特色の一つだが、残念ながら選ばれることはなかった。だが今年は3.11以降、一変したといえる。大江健三郎、鎌田慧、落合恵子の「脱原発集会」、池澤夏樹・坂本龍一・池上彰ほか「脱原発社会を創る30人の提言」、俳優・山本太郎の発言などなど枚挙に遑が無い。これまで「原子力平和利用」や「原発は環境にやさしい」はすっ飛んでしまった。「脱原発」が売文業のネタになることがおそろしい。オセロゲームのように白黒が豹変する日本人がおそろしい。「脱原発」「3.11」という軽いフレーズが流行語となることもおそろしい。またこの社会不安に乗じて増税や便乗値上、福祉の切捨ての二次災害、三次災害がおそろしい。

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