漱石・陶潜・王維の東洋的境地
漱石は『草枕』の中で、東洋詩人の代表的な境地として、陶潜の「飲酒」と王維の「竹里館」をあげている。
「飲酒」は全体は20首の連作であるが、漱石は、とくに五首目の詩の第五句と第六句をとりあげて「ただそれだけのうちに暑苦しい世の中をまるで忘れた光景が出てくる。垣の向こうに隣がのぞいているわけでもなければ、南山に親友が奉職している次第でもない。超然と出世間的に利害損得の汗を流し去った心持ちになれる」と言っている。
菊を 東籬の下で采り
悠然として 南山を見る
陶潜(365~427)。字は淵明(えんめい)。一説に名が淵明、字は元亮(げんりょう)。29歳のときから官職についたが、なかなか昇進できず、社会情勢も不安定な中、しだいに役人生活に希望を失い、41歳のとき辞職して郷里に帰った。以後は郷里の村人たちと交遊し、酒と菊を愛する隠逸詩人として活躍した。『陶靖節集』4巻がある。その詩は貴族社会では高い評価を受けなかったが、唐代になって真価が見直された。
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漱石は、王維の「竹里館」について「只二十字のうちに優に別乾坤を建立している。この乾坤の功徳は『不如帰』や『金色夜叉』の功徳ではない。汽船、汽車、権利、義務、道徳、礼儀で疲れ果てた後、凡てを忘却してぐっすりと寝込む様な功徳である」と言っている。
独り坐す 幽篁の裏
琴を弾じて 復た長嘯す
深林 人知らず
明月来たって 相照らす
結びに漱石は、「淵明、王維の詩境を直接に自然から吸収して、すこしの間でも非人情の天地に逍遥したいからの願い。一つの酔興だ。」と言っている。
王維(699?~761)。字は摩詰(まきつ)。21歳の若さで進士に及第、以後順調な役人生活を送る一方、自然を愛し、しばしば別荘に赴いて友人たちと閑敵の時を過ごした。また仏教を深く信仰し、その影響は彼の詩の随所に表れている。李白の「詩仙」、杜甫の「詩聖」と並んで「詩仏」と称せられる。『王右丞集』6巻がある。
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陶淵明集 岩波文庫 幸田露伴校閲 漆山又四郎訳註 岩波書店 1928陶淵明・王右丞集 続国訳漢文大成 文学部24 釈清潭 国民文庫刊行会 1937
陶淵明 上村忠治 ブックドム社 1933
陶淵明の詩 ラジオ新書 佐久節 日本放送出版協会 1942
陶淵明 村上嘉実 冨山房 1943
陶淵明詳解 鈴木虎雄 弘文堂 1948
陶淵明伝 新潮叢書 吉川幸次郎 新潮社 1956
陶淵明 中国詩人選集4 一海知義注 岩波書店 1958
陶淵明 筑摩叢書 李長之著 松枝茂夫・和田武司訳 筑摩書房 1966
陶淵明 中国詩人選8 星川清孝 集英社 1967
陶淵明 文心雕龍 世界古典文学全集25 一海知義、興膳宏 筑摩書房 1968
陶淵明 中国詩人選1 星河清孝 集英社 1972
陶淵明詩集 カラー版中国の詩集2 富士正晴 角川書店 1972
陶淵明 中国詩文選11 都留春雄 筑摩書房 1974
陶淵明詩文綜合索引 堀江忠通編 京都・彙文堂書店 1976
陶淵明伝 牟田哲二 勁草出版サービスセンター 1977
陶淵明 中国の詩人2 松枝茂夫、和田武司 集英社 1983
陶淵明ノート 帰去来の思想 高橋徹 周文社 1981
陶淵明・寒山 新修中国詩人選集1 一海知海、入矢義高 岩波書店 1984
陶淵明 中国古典入門叢書1 廖仲安著 山田侑平訳 日中出版 1984
陶淵明の詩の研究 井出大 嶋屋書店 1984
陶淵明伝 中国におけるその人間像の形成過程 廖仲安著 上田武訳注 汲古書院 1987
陶淵明 鑑賞中国の古典13 都留春雄、釜谷武志 角川書店 1988
陶淵明伝 中公文庫 吉川幸次郎 中央公論社 1989
陶淵明全集 上下 岩波文庫 松枝茂夫・和田武司訳注 岩波書店 1990
陶淵明詩解 東洋文庫529 鈴木虎雄 小川環樹解題 平凡社 1991
陶淵明 中勘助全集10 中勘助 角川書店
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