寺田寅彦は忘れたころにやってくる
いま百貨店が売れないという。若者が百貨店で買わない。昭和の初め、銀座は憧れだった。三越、丸善といえば西洋の新文化にふれることができた。寺田寅彦は近代の知識人の生活スタイルを確立した人といってもよい。映画や音楽会、美術館へもしばしば行っている。西洋文化の憧憬と自己の趣味が完全に一致している。率直で無邪気な随筆は今、読んでも楽しい。だが「銀座アルプス」ではこんな恐ろしい予言をしていた。「自然の歴史が繰り返すとするならば20世紀の終わりか21世紀の初めごろまでにはもう一度、関東大地震が襲来するはずである。その時に銀座の運命はどうなるのか」(中央公論 昭和8年2月)寺田の予言はあたるかもしれない。だが寺田が一番に気にしていたのは、快楽の街、銀座のことだけというのがどうも・・・。戦前知識人の限界か。
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