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2011年10月24日 (月)

身を隠して暮らしたデカルト

Descartes_kristina

    ガリレイ(1564-1642)は1633年ローマの宗教裁判においてコペルニクスの地動説を採ったという理由で有罪にされた。これを聞いたデカルト(1596-1650)は地動説を採った自分の論文の発表をさし控えることにした。ガリレイと同じ運命がふりかかることを警戒したのである。住まいを明らかにせず、身を隠して暮らした。デカルトは生涯の間に24回も引っ越したのはそのためであろう。臨終の言葉は「さあ、今度は出かけねばならぬ」だった。

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