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2011年10月25日 (火)

近代日本の西洋文化摂取の姿勢

    明治初期は、欧米列強の脅威に囲まれながら、近代的統一国家建設のため、旧来の陋習を破り、西洋の近代文化を摂取することが緊急かつ至上の課題であった。そのため日本の知識人の間に、日本の歴史や伝統的な文化を軽視する傾向が広まった。

    明治9年、お雇い外国人として来日し、東京医学校(東京大学医学部の前身)で医学・生理学を講じ、後に「近代日本医学の父」と称せられたドイツ人E・ベルツ(1849-1927)は、そうした日本の現状を観察して、自国の固有の歴史や文化を軽視するようなことでは、かえって外国人たちの信頼を得られないだろうと日本人の西洋文化摂取の姿勢を批判している。

ところがなんと不思議なことには、現代の日本人は、自分自身の過去については、もう何も知りたくはないのです。それどころが、教養ある人たちはそれを恥じてさえいます。「いや、何もかもすっかり野蛮なものでした」とわたしに言明したものがあるかと思うと、またあるものは、わたしが日本の歴史について質問したとき、きっぱり「われわれには歴史はありません、われわれの歴史は今からやっと始まるのです」と断言しました。なかには、そんな質問に戸惑いの苦笑をうかべていましたが、わたしが本心から興味をもっていることはわかりますが、しかし、日々の交際でひどく人の気持を不快にする現象です。それに、その国土の人たちが固有の文化をかように軽視すれば、かえって外人のあいだで信望を博することにもなりません。これら新日本の人々にとっては常に、自己の古い文化の真に合理的なものよりも、どんなに不合理でも新しい制度をほめてもらう方が、はるかに大きい関心事なのです」(「ベルツの日記」明治9年10月25日)

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