冬のソナタとジェーン・エア
有島武郎の「或る女」はトルストイの「アンナ・カレーニナ」に似ている。名作は名作に似ているものかもしれない。「冬のソナタは嵐が丘で始まり、ジェーン・エアで終わる」といわれるらしい。冬ソナ、ユジンとチュンサンとの出会いは転校生という設定だが、嵐が丘では哀れな父(てて)なし子・ヒースクリフを主人が拾って屋敷へ連れてくるところから物語が展開する。冬ソナ最終回、ユジンとチュンサンが再会する場面は、盲人となったロチェスターとジェーン・エアとの再会と酷似している。もちろん馭者は車の運転手になっているが。
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ロチェスターが30マイルばかり離れた、自分の荘園に住んでいるときいて、ジェーンは二輪馬車を頼んで早速出発した。陰気な森が繁っていた。花崗岩の門柱の鉄の扉から入ると、あたりはぐっと暗くなった。建物は見つからなかった。森の中の暗さと日暮れの本当の暗さとが迫ってきた。そのうち、少し木立がまばらになり。家が見えてきた。正面に二つの破風があり、窓は狭かった。正面の入口も狭く、一つ踏み段がついていた。近づくと、木の葉に降る雨の音に混じって、内で物音がした。狭い入口の扉が動いて、一人の男が立っていた。暗かったけれども、紛れもなくエドワード・ロチェスターである。この一年の間に、彼の力強さは失われてはいなかった。毛髪も豊かで黒かった。しかし、彼の容貌の変化は、絶望的な暗さであった。金の縁のある眼を残忍にえぐり取られた捕われの鷲は、あの盲のサムソンのような様子をしていたのではないだろうか。「放っておいてくれ」と言ったが、ジェーンが一年ぶりに聞いた、ロチェスターの最初の声であった。それは、腕を貸そうとしたあの馭者のジョンに言われた言葉であった。ロチェスターが内に入って、メアリーがコップの水とろうそくを持って行くことになった時、ジェーンが代わりに行った。
「おまえ、メアリーじゃないな?」と彼は言った。「メアリーは台所でございますよ」とジェーンは答えた。ロチェスターは素早く手を差し伸ばした。手はまだジェーンに届かぬまま、「誰です?誰です?もう一度、今の声で答えておくれ」とロチェスターの声は高くなった。
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もちろん冬ソナがパクリだというつもりはない。むしろ世界文学はいつの時代も人を感動させる力をもっていることの証をしただけである。
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