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2011年10月19日 (水)

「哀愁」の日本映画への影響

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    ヴィヴィアン・リー、ロバート・テーラー主演の「哀愁」は昭和24年3月に日本公開され、婦女子の紅涙を絞った。センチメンタルな悲劇の代表として類似映画は世界中にあり、枚挙に遑が無い。ハリスン・フォードの「ハノーバー・ストリート」(1979)はそのリメイクではあるが悲劇性は少ない感がある。日本映画では「君の名は」や「銀座の恋の物語」(記憶喪失の部分は「心の旅路」の影響)などにウォータールー橋ならぬ数寄屋橋が登場する。だが「哀愁」マイラが汚れた職業に堕ち轢死するヒロインの悲劇性を最も忠実に再現した日本映画は浅丘ルリ子主演の「十六歳」(1960)であろう。

  玉川せん子(浅丘)は埼玉の米軍基地のある貧しい農家の娘。中学3年生でバトミントン部のキャプテン。健康で明るい少女だが、近所に住むパンパンに好奇心をもつ。中根先生(葉山良二)が好きであるが、本間先生(長門裕之)から就職の斡旋をしてもらう。御礼に本間の下宿を訪れ、レイプされる。そして本間の子を宿すが、堕せといわれる。家出をしたせん子は売春婦となる。ある霧の夜、路上で倒れているせん子を中根が見つける久しぶりの再会であるが、すでに汚れたせん子は逃げ出した瞬間、疾走してきたトレーラーにひき殺される。あらすじのとおり救いようのない悲惨な結末で映画は終わる。当時すでに20歳の浅丘は、中学生をムリなく演じている。名作という評価は聞かないが「哀愁」のペシミズムが見事に再現されている。もちろん恋愛映画としてみた場合、教師と生徒との関係が恋愛としては不十分で、児童文学の映画化という感じはする。原作は打木村治の「雑草のような命」。

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