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2011年10月 8日 (土)

よみがえれ二宮金次郎

Fujisan1

    戦前、全国の小学校の校庭にはたいてい二宮金次郎の像があった。背中に薪を背負い本を読みながら歩いている姿だ。年輩の人ならだれでも知っているが、最近の若い人は見たことないかもしれない。最初の金次郎像は1924年、愛知県前芝小学校に建てられたものだが、金次郎にゆかりのある神奈川県の桜井小学校や神戸や明石にも昭和の初めに建てられ、全国的に広がった。なぜ金次郎の像がなくなったのかはっきりとした理由はわからない。銅製の像は戦時中の金属供出のためであるが、石像のものは戦後もかなりの数は残っていた。1970年代、校舎の建替え工事などの際に無くなったものも多い。おそらく戦後の教育関係者が好まなかったのだろう。封建的、戦後民主主義に反するというイメージを持ったのかもしれない。金次郎の親孝行、勤勉、努力という考え方のどこがいけないのだろうか。ともかく二宮尊徳は教育現場から抹殺された。ところが最近、「フリー二宮金次郎」というブームがある。二宮金次郎を愛するイタリア人の青年が、純粋に人をなごませるために、道行く人に声をかけ、本を読みながら、ほんの少し一緒に歩いてもらうという活動をしている。世界的に普及しているFree Hug(フリー・ハグ)運動に因むという。街行く娘さんが携帯を手に持って急ぎ足で行く光景は感心しないが、フリー二宮金次郎という試みは大いに賞賛する。それをはじめたのがイタリア人だったというのが、なんともやりきれない。二宮金次郎は報徳思想といって「努力すれば報われる」という勤勉をうたったものだが、何でも簡単に手にはいる大量消費になれた日本人にとっては、忘れ去られた精神なのだろうか。大震災に遭った日本人にいま求められるのは二宮金次郎の「勤勉さ」「辛抱強さ」だろう。長嶋茂雄の田園調布の家には二宮金次郎の石像があるらしい。ミスターも古い日本男児で二宮金次郎を尊敬していたのである。

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コメント

はじめまして、諸葛藤と申します。
以前自分の金次郎像について少し調べた事があるのでコメントさせて頂きます。
二宮金次郎の像のが減っているのはですね、本読みながら歩くという行為を児童が真似すると危険という理由らしいです。

その時他にも色々調べましてですね、ブログに書いてますのでよかったらご覧ください。
http://syokatutou.chicappa.jp/mt/2010/03/post-417.html

諸葛藤さん、コメントありがとうございます。ブログ「諸葛雑記」たいへんオモシロそうですね。くだけた文体で書くと味がでますね。このブログはちょっと堅すぎかなぁ、と感じています。「お前なんで歩きながら本よんでるんだよ」というタイトルにすれば興味わきますね。ところでウィキペディアに書かれていた交通安全上の指導説なんですが、どうも金次郎を排除するためのモツトモラシイあとづけの理由で、真相は別にあるんじゃないかとケペルは邪推しているんです。確証がないので記事本文に書かなかったんですが、二宮金次郎って戦前の修身の教科書の象徴のようなものですよね。戦後思想の潮流は戦前を否定するこから始まったと思うので、つまり金次郎は戦後民主主義の生け贄にされたんじゃないかと考えているんです。

イタリアのステファノです。
ご紹介、そしてご賞賛ありがとうございます!嬉しいです!
今度一緒にやりましょう!

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