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2011年9月 5日 (月)

新日本列島改造論

20051105

  豊臣秀吉から徳川三代将軍の頃まで大名の転封、すなわち国替(くにがえ)が頻繁におこなわれた。幕藩支配体制の確立を目的とするものであったが、結果的には、日本全土にわたる均等な開発、国土保全など大きな効果が上がった。NHK大河ドラマを見ていても、「功名が辻」では山内一豊が遠州掛川から土佐へ、「天地人」では上杉景勝の越後から会津への転封など当時の様子がよくわかる。忠臣蔵でお馴染みの播州赤穂は元来、常陸笠間であった。左遷ともいわれる国替であったが、浅野藩は塩田開発など領国経営に成果があった。

    ひるがえって現代日本の政治状況をみるにつけ、地方は荒れ、秀吉、家康のような政治力が望まれる。田中角栄が日本列島改造論を唱えたのも、そのような意図があったのだろう。菅や野田のような宰相では、地方出身者であったかもしれぬが都会生活に享楽しただけで、本当に国土再建が念頭にあるとは思えない。国土は荒れ、自然災害は繰り返される。

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