無料ブログはココログ

« 古今東西史話・陶侃 | トップページ | タンバリンか、それともタンブリンか、それが問題だ »

2011年9月12日 (月)

古今東西史話・朱松

    朱子学の創始者・朱熹の父は朱松(1097-1143)という。朱熹の父親だけのことはあって、優れた学識を持ったなかなかの文化人であった。朱松は息子に蘇軾の「昆陽城の賦」を書き与えている。この賦は王莽の大軍を破って、漢の王室を再興した後漢の光武帝を歌ったものである。そのころ宋は靖康の変で都を臨川に移した。講和派と抗戦派に対立した時代だが、朱松は我が子に自分が果たせなかった国家再興の悲願を託したのであろうか。

« 古今東西史話・陶侃 | トップページ | タンバリンか、それともタンブリンか、それが問題だ »

「世界史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 古今東西史話・陶侃 | トップページ | タンバリンか、それともタンブリンか、それが問題だ »

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31