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2011年8月 9日 (火)

文学者の戦争協力と抵抗

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  トーマス・マン(1875-1955)は、ヒトラー政権誕生直後から第二次世界大戦末期までフランス、スイス、アメリカで12年間の亡命生活を送っている。ヘルマン・ヘッセ(1877-1962)もナチス支配下のドイツで売国奴のように非難され、多くの雑誌・新聞社からボイコットされるという憂き目にあったが、それに耐え抜いたヘッセの態度にロマン・ロラン(1866-1944)から「ゲーテ的態度」として称揚されている。 

   ところで、ヘッセの翻訳者で知られる高橋健二(1902-1998)はこのようなヘッセの態度を次のように分析している。 

   ヘッセはまた、その気質において狭いシュワーベンに深く根ざし、シュワーベン人をよく描いているが、彼の世界は早くから広い世界に向かって開かれていた。彼の母方の祖先は「聖書のグンデルト」と呼ばれ、内的信仰に生きる敬虔主義の傾向を伝えており、ヘッセの祖父父母も父母もその信仰に献身的で、インドでキリスト教の布教に従事した。したがって、幼いヘッセは、キリストやマリアの像と同様に、東洋のエキゾティックな偶像や彫刻や巻き物などに親しんで育った。ヘッセは早くから父にラテン語をおそわり、12歳からは学校でギリシャ語を習い、西欧の人文主義文化を深く身につけたが、偉大なインド語学者だった祖父を通し、より早くサンスクリットやパリ語を耳にしていた。このように早く、古い東西の文化に触れた上、彼の祖母はフランス系スイス人であり、彼の父はドイツ系ロシア人であった。のちには、彼の伯父へルマン・グンデルトはアメリカで牧師となり、彼の従弟ヴィルヘルム・グンデルトは日本に渡り、能や禅の研究で知られるようになった。こうして彼は、郷土の子でありながら、血と環境において本来世界市民的であった。彼は、ゲーテ、ヘルダーリン、ノヴァーリス等々多くのドイツ文学の作品を自分の解説を付して刊行しているように、もとよりドイツの精神文化に深く親しんでいるが、かたよった国家主義者にはなりえない環境に育った、とみずから述懐している。したがって、彼は二度の世界戦争に、ロマン・ロランからゲーテ的態度とたたえられたように、一貫して平和主義者として生き、ドイツからは敵視されたが、1946年第二次世界大戦後最初のノーベル文学賞を贈られた時、ドイツ語とドイツの文化的寄与が表彰されたことを喜んだ。(「世界文学全集27」新潮社、高橋健二訳)

  では戦時下における日本の文学者の態度はどのようなものであったろうか。ドイツ文学者は、ドイツ紹介者として軍部に協力している。なかでも高橋健二は大政翼賛会文化部長を昭和17年7月から就任している。高橋は昭和6年にドイツ留学中にヘッセを識り、戦後ケストナーやヘッセの紹介者という変貌は、本人自身には自然な連続として意識しているのかも知れないが、理解に苦しむところである。高橋健二の前任の大政翼賛会文化部長は岸田国士(1890-1954)である。昭和15年11月に結成された大政翼賛会文化部長に就任している。岸田国士はもともと、陸軍士官学校出身であったが、フランス留学で演劇文化を学び、文学座の指導・演出にあたった。岸田国士の略歴にはしばしば「こころならずも大政翼賛会文化部長に就任した」という記述がみられるが、昭和13年8月に「映画国策」を提唱しているので、文化部長就任は積極的であったとみている。(雑誌「日本映画」所収「映画アカデミーについて」)。ルナールの翻訳者であり、「チロルの秋」や「暖流」の作者がドイツの映画統制を引き写したようなことを、自発的に国に進言しているのである。つまり日本の文化人は世界市民ではなく、ほとんどは国家主義者であった。高橋健二は戦後、文化功労者、芸術院会員、ペンクラブ会長と文化人として栄誉ある人生を歩んだ。

 

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  ほとんどの日本の作家たちは、戦争賛美の作品を残しており、程度の差はあれ戦争協力者であるといえる。戦争に反対して亡命した作家はいない。

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コメント

日本人の文学者は、日本以外では生きていけないローカルな存在。国粋主義者も止むを得なかったのではないかと、同情心もありますが・・(≧∇≦)

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