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2011年8月28日 (日)

兼好法師墓と長泉寺

  長泉寺(京都市右京区御室)は仁和寺近く、双ヶ丘の東麓にある。ここに吉田兼好の歌碑と墓がある。墓は当初は双ヶ丘二ノ丘西麓辺りにあったが、宝永2年(1705)ころ、長泉寺造営の際にこの地に移されたという。「契りおく花とならびの岡の上に哀れ幾世の春をすぐさむ」の歌碑がある。

    吉田兼好は吉田神社社務職もしくは久我家の流れをひく堀川家の諸大夫であった卜部兼顕の子。兼好終焉の地は木曽恵那山麓(岐阜県)とも伊賀国見山麓(三重県)とも言われ、墓所も各地に伝わる。ただ、兼好は生前から「墓所を双ヶ丘に」と定めていたため、後世、彼を慕う人々によって長泉寺の墓が建てられた。花園の法金剛院にある過去帳では兼好は1350年に亡くなったことになっているが、最近の研究では少なくとも1352年まで生きていたとの説もあり、没年は定かではない。

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