がんばれランドリアンジャトボ選手
アフリカ大陸の南東約300km、インド洋に浮ぶマダガスカル島。ゴンドワナ大陸の一部で、先カンブリア紀の岩石がその骨格をなしている。長いあいだフランスの植民地であったが、1960年に独立。1964年のオリンピック第18回東京大会にはマダガスカルから3人の選手が初めて参加した。なかでも、ランドリアンジャトボ選手(Jean Randriaujatavo)は、5000mの予選に出場し、だれもいないトラックを最後まであきらめずに走り続けた姿に大勢の観衆から拍手が寄せられた。だが同じ長距離1万mのセイロンのカルナナンダ選手は3周遅れで走り続けたことが、教科書に採用され(「ゼッケン67」という題名)、人々の記憶に残るようになった。光あるところに影がある。5000m最終走者マダガスカルのランドリアンジャトボ選手(表記ではランドリアンジャトヴォともある)の名前は完全に忘れ去られてしまった。カルナナンダ選手はボート事故で亡くなられたが、75歳になられるランドリアンジャトボ選手はお元気だろうか。
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