無料ブログはココログ

« マーゴとマリエル | トップページ | 巨人原監督の焦りの采配 »

2011年6月 6日 (月)

手塚治虫VS司馬遼太郎

Photo_2

    手塚治虫と司馬遼太郎は同時代人(司馬が5歳年上)で同じ関西人という共通性をもちながらも、作品には接点がほとんど見られない。科学と歴史との相違であろうか。戦後派と戦中派との相違であろうか。お互いの作品を読んだという話もしらない。もちろん著名人なのでパーティとか面識があるかもしれないが、不思議なほど世界が異なるように感じる。唯一の接点として手塚が昭和38年に「新選組」(少年ブック1963年8月~10月)を描いていることである。司馬が「新選組血風録」を発表したのは昭和37年であるから(小説中央公論1962年5月~12月)、手塚がこれを読んだことは考えられる。しかしながら手塚作品を読むと、血風録の影響は全くといってよいほど見られない。手塚の新選組は従来のチャンバラ映画に出てくる新選組と五十歩百歩で、新鮮味が感じられない。司馬作品は短編を集めたものであるが、どれもユニークな現代的な視点が感じられた。昭和37年前後、西部劇ブーム、忍者ブーム、戦記ブームと次々と創作の世界に起こってきたが、いずれも手塚の趣味ではなく、新選組もブームの企画物として、心ならずも描いたものの一つかもしれない。深草丘十郎と鎌切大作という若者が新選組に入隊するが、芹沢鴨を殺し、やがて深草は長州の間者であった鎌切までも斬らねばならなくなる。深草はアメリカへ行くところで終わる。結局、タイトルにある新選組がなんだったかは、子どもには判らないで終わってしまった。もちろん、「誠」の旗のもとに集まった幕末の若者たちの内面などは、到底漫画では手塚の画力をもってしても描ききることはできないテーマであろう。「ブラックジャック」のような生命倫理のテーマの所在が明確ならば成功するし、「どろろ」や「0マン」のような荒唐無稽なものであれば、手塚の真価が存分に発揮しうるであろう。やはり歴史に制約されると、手塚の創造力が失われるであろう。科学の手塚と、歴史の司馬、対極の天才であろうか。

« マーゴとマリエル | トップページ | 巨人原監督の焦りの采配 »

「文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« マーゴとマリエル | トップページ | 巨人原監督の焦りの采配 »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30