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2011年5月12日 (木)

洞ヶ峠の順慶はウソだった!?

Photo_2 筒井順慶陣所跡

   京都府八幡市と大阪府枚方市との間に洞ヶ峠がある。現在、国道1号線「八幡洞ヶ峠」交差点付近に筒井順慶陣所跡の石碑が残っている。1582年、豊臣秀吉と明智光秀が戦った山崎の戦いの際、有利な方につこうと傍観した筒井順慶「洞ヶ峠の日和見」は古来より名高い故事である。しかし順慶は洞ヶ峠に出陣したという事実はなく、郡山城を一歩も動かず、洞ヶ峠に着陣したのは光秀本人である。秀吉は順慶の遅参を「曲事」(けしからんこと)としたが、引き続き大和の支配を順慶にまかせた。順慶は翌年、越前の柴田勝家を滅ぼした時には功をたてた。順慶洞ヶ峠の逸話は豊臣恩顧の大名を牽制するための江戸史観の作り話である。

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