無料ブログはココログ

« 航海王子エンリケ、航海せず | トップページ | 燕山君とチャン・ノクス »

2011年4月13日 (水)

受難と復活

    「がんばろう日本!」という合言葉を頻繁に聞く。多くの日本人が何の違和感もなく同調するだろう。新聞で一番多くでてくる熟語は「日本」である。ことばは思想の基本であるから、このような言葉はものの考え方にさまざまな影響を及ぼすだろう。この世的な考え方、固定的な見方から人々は解放されることはないだろう。

  4月24日はイースター、復活祭である。ある人が私に言われた。「キリスト教で受け入れられないものの一つが、キリストの復活です」と。確かに、死んだ人が復活するなど、人間の理性では受入れられないことだろう。イエスが十字架にかけられたとき、人々から嘲弄をうけたことが聖書に記されている。ある者はイエスの顔に唾をかけ、拳でたたいた。「さあ、預言者を演じろ」と罵った。抵抗もなく史上、無実な者の上に辱めが積みかさねられた例は幾多もある。だがこれほど酷いものは他に無い。弟子のトマスは、イエスが復活したことを信じなかったが、数日後、トマスは「わたしは主を見た」と叫んだ。そのときイエスは静かにこう言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです」とイエスは言われた。イエスは私たちの罪のために死なれ、私たちの罪を救われたのです。

« 航海王子エンリケ、航海せず | トップページ | 燕山君とチャン・ノクス »

「キリスト教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 航海王子エンリケ、航海せず | トップページ | 燕山君とチャン・ノクス »

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31